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 NAOMI YOSHIMURA
PROFILE
96年にインディーズ活動をスタート。02年、NYでDREAMS COME TRUEの吉田美和・中村正人と出会い、ドリカムのバックボーカルやライブのオープニングを務める。03年7月、DCT recordsよりシングル『花』でデビュー。05年1月に、2ndアルバム『APHRODITE』をリリースした。5月14日(土)からは、初の全国ツアーが始まる。
http://www.naomiyoshimura.com/
▼本人のコメント
MOVIE
[500kbps]
MOVIE
『APHRODITE』
05年1月発売。R&Bのリズムと、伸びやかな歌声が心地好い。
アルバムジャケット
 
 DREAMS COME TRUEの吉田美和と中村正人が見いだしたアーティスト・NAOMI YOSHIMURA。ドリカムのツアーに同行しながら、各地でインストアライブを行う彼女が、岡山を訪れた。最新作『APHRODITE』の話はもちろん、音楽を始めたきっかけや、ドリカムとの出会いまで幅広く語ってくれた1時間。彼女の前向きな姿勢や、根っから明るいキャラクターが伝わってくる、楽しいインタビューだった。
 ―――音楽はいつから始めたんですか?

 小学校2年生の時に詩吟を始めて、6年生くらいまでやってたかな。詩吟って分かる? 分かんないでしょう? 私も忘れちゃったんだけど…。

―――忘れちゃったんですか?

 ふふふ。だけど唯一続いてた習い事で。民謡みたいな感じで漢詩を歌うの。みんなに聞くと、だいたいお年寄りがやってるイメージがあるらしいんだけど。私は歌うことが好きだったから、固定観念もなく始めて、みんながお習字やピアノを習う感じで詩吟を習ってたのね。で、中学校に入ってホイットニーヒューストンの歌を聴いた時に、詩吟の節回しがホイットニーの歌と一緒に聴こえて。「こういう歌が歌いたかったんだ、私は!」って思いましたね。それから学校の軽音部に入ったりして、ずっと歌ってきたんです。

―――それじゃ、結構早い段階から「自分は歌を歌いたい」って自覚してたんですね。

 それはもうすごい勢いで自覚してましたよ。「自分が歌わないわけがない」って思ってたし、オーディションも優勝したりしてたし、詩吟の発表会にも出てたし、もうこれしかないと思ってた。

―――そういう活動に転機が訪れたのは、NYでDREAMS COME TRUEの2人に会われた時でしょうか?

 そうだね。17歳の時に、独学で覚えた英語でアメリカに乗りこんでって、21歳くらいの時にドリカムの2人に出会って。で、NYで作ってた曲を聴いてもらったんだよね。そしたらすごくいいからウチでやろうってことになって。その3カ月後には、もうドリカムバックボーカルをやってました。

―――元々、ドリカムの2人に自分の歌を聴いてもらいたいっていう気持ちは強かったんですか?

 う〜ん、別に。本当は誰でもよかった。ただ私が失恋をしてすごく落ち込んでる時に、友だちがテープをくれて。その中にドリカムの『あはは』って曲があったの。私、それまで邦楽って聴いたことがなかったのに、その曲からすごく元気もらったのね。それで、「やっぱり日本語ってすごいんだ。いつかこんなメッセージのある曲を私も作りたい」って思ったの。だから最初に2人に会った時は「あの曲に救われました」みたいな話はしたかな。でもね、別に自分がドリカムみたいになりたいとは思ってないんだよね。2人が私を信じてくれてるからこそできることなんだけど、私は、私にしかできないメッセージみたいなものを、歌って伝えていきたいなって思ってて。

―――じゃぁ今は、自分ならではのメッセージを歌ってるんですね。

 そうだね。ある時、ドリカムの中村さんに「NAOMIの詞ってすごくいいよね」って言われて。その瞬間から、メッセージがあふれてきちゃったんです。寝不足でクマができて、次の日あいさつ回りがあるって言われてても止められなくなっちゃいました。そんなのが3カ月くらい続いたこともあったかな。だから、もう100曲以上もストックができちゃってます。中村さんのひと言が、封を切ってくれたんでしょうね。山の下にマグマがあって、頭をチョキンってやられて、ダァ〜ッみたいな。そんな感じだった。だから、今は自分が聴きたいと思ってたような詞ができてますよ。スタイルとかファッションとか、そういう感覚の音楽を突きつめるよりも、この言葉たちが一番届く音楽を私はやりたくて。それがNAOMIオリジナルになればいいなって思います。

―――話は戻りますが、ドリカムの2人に会われて3ヵ月後にはバックボーカルしていたとか。その後はオープニングアクトも務められていますが、いきなりの大舞台に戸惑いはなかったですか?

 なかったですよ。私にはとにかく歌が歌いたいっていう芯があったから。その芯の周りにメッセージのある言葉たちがある。例えるなら「きりたんぽ」みたいな感じ。そこに豆をふたつ付けると、「デンデン太鼓」みたいになるでしょ?

  ―――うーん…、その例え、よく分かりません。もっとわかりやすい例えはないですか?

 だから「きりたんぽ」と「デンデン太鼓」だよ(笑)。バックボーカルやってた時は、歌いたいっていう「芯」1本でやってたの。で、自分のアルバムの時には「きりたんぽ」がくっついて、「よし!」と思って、それがさらに巨大化していくわけよ。ドリカムのオープニングアクトになれば、今度はお客さんがいっぱいいるから、その「きりたんぽ」に「デンデン太鼓」の豆がいっぱい付いて、「ボンボンボンボンボン!」ってなってんの。分かる? でも、豆が百億万個付いても、私の芯の「歌いたい」って気持ちは、1oも変わんないの。もしそれが変わったら、多分回んないじゃん? 歌う意味がないから。そういう感じなの。『きりたんぽとデンデン太鼓』っていうタイトルで一曲書きましょうか?

―――書きましょうか(笑)。すごい例えですね。お客さんがどんなに増えても、「歌いたい」という芯の部分は変わらないから、大きな会場でも小さな会場でも、NAOMIさんの気持ちは違わないということですね。

 そうそうそう、本当にそうだよ。

―――今年の1月には、2枚目のアルバム『APHRODITE』をリリースしましたよね。ジャケット写真を見て、今までのNAOMIさんのイメージとは違うなって思いました。

 そうでしょ? 今までと対照的なものにしたくって。「アフロディーテ」って、海の泡から生まれる「愛と美の女神」のこと。だから、楽しいことだけじゃなくて、「人の痛み」とか「マジきっついこと」とかもひっくるめて、全部一緒に背負えるアルバムにしたかったんだ。

―――決してハッピーエンドではないような感じの曲も、結構入ってましたもんね。

 元々ストック曲も失恋の曲が多いんだけどね。失恋を経験しても、それでもがんばろうっていう気持ちになってもらいたくて。

―――失恋をパワーに変えていくという感じ?

 そうだよ。『すべて力に変えてみせましょう』って曲なんか、まさに! この曲ができた時には、「こんな曲、私が早く欲しかったよ」って思ったもんね。

―――その最新作をひっさげて、今、さまざまな場所でインストアイベントをしていますよね。

 私、ライブが大好きで。大きい会場でやるのも好きなんだけど、オープニングアクトのときって基本的にみんな慌しいから、もっとお客さんの近くでじっくりやりたいと思ってたんです。だから、インストライブをやれるのは、すごくうれしい。普段ライブに行かない人も、ぜひ来てほしいですね。強がってる自分とか、落ち込んでる自分とか、みんないろいろだと思うんですけど、私の歌を聴いて、がんばれそうな自分に出会えるライブにしたいんです。

―――そして5月14日(土)からは、初めてのワンマンツアーも始まります。

 そうなの、本当に来てほしくてさぁ。岡山に近いところだったら、5月15日(日)の大阪かな。一生懸命伝えるから、岡山の人も、ぜひ足を運んでほしいですね。