例えばマラソンだったり、登山だったり。
語る人によって、人生はさまざまなものにたとえられます。
「人生はチョコレートの箱。開けてみるまで何が入ってるかわからない」と言ったのは
フォレスト・ガンプでしたっけ。
この作品を観ると、人生はタペストリーのよう、とも思います。
縦糸と横糸が複雑に絡み合って緻密な模様ができあがる、一枚のつづれ織り。
そんなイメージがふつふつと湧いてきました。
登場するのは3組の親子。
大学教授の息子と、息子を男手ひとつで育てあげて年金生活を送る父は、ドイツに暮らすトルコ人。
父が出会った中年の娼婦は、ドイツに出稼ぎに来たトルコ人で、娘は母国で反政府活動をしている。
その娘が不法入国したドイツで出会うのは、厳格な母とふたりで暮らす、ドイツ人の女子学生。
この映画もまたタペストリーのように、
親子の関係を縦糸とするなら、他人同士の繋がりを横糸に、物語が綴られていきます。
その過程で、ふたりの人物が不慮の事故で亡くなるのです。
あまりにもあっけなく死が訪れる一方で、
残された者が抱える、途方もない悲しみと喪失感。
ふたつの棺がハンブルクとイスタンブールの空港を反対方向に行き来し、
愛する人を失った者たちも、2000km隔てたふたつの国を往来することに。
そこでさらに彼らの気持ちがクロスして。
愛すること、憎むこと。そして、赦すこと、償うこと、救われること。
たくさんの感情が紡がれて、より深い愛情の糸がよられていき、
その糸を綿密に交差させることで、厚みのある人生模様が浮かびあがります。
最後には、かすかな再生のきざしを見せて。
人生に何度となく訪れる出会いと別れ。
その陰にある、すれ違いやニアミスまでもが描かれていて、
老練な演出だなあと思っていたら、監督&脚本のファティ・アキンは私と同い年でした。おっとっと。
自身もトルコ系ドイツ人とのことですが、
社会的な背景を押し付けがましくない程度ににじませて、重層的な人間ドラマを俯瞰させる、
その才能たるや、賞賛です。